新録されたセルフカバー企画ベストアルバム『THE YELLOW MONKEY IS HERE. NEW BEST』を聴いて

幸也さんをはじめ、長きに渡り活動して来たアーティストはみなさんそうだと思うんですけど、それぞれの曲が活動や年齢を重ねて色々乗り越えた末に、今現在歌う為にすべての楽曲が創られて来たのではないかと錯覚することが多々あります。

THE YELLOW MONKEYは自分にとってとても特殊なバンドなんですけど。自分が感じるバンドとしてね。自分の周りの音楽仲間がみんな聴いていた楽曲でもあり、前妻やら学生時代の恋人やらがハマって聴いていたバンドでもあります。

ゆえにTHE YELLOW MONKEYに関して言うと、今でこそファンだとは言えるんですけど、長年自分発信で好きになったバンドでは無い為、どこかで自分は本当のファンでは無いな、と思っておりました。

THE YELLOW MONKEYを初めて生で見たのも「THE EXHIBTION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY メカラウロコ・15」ですし。後の吉井さんのソロであるYOSHII LOVINSON吉井和哉ソロはそこそこ通ってましたけどね。

回顧録としてあえて記載しておきますけどTHE YELLOW MONKEYには本当に苦しめられました(苦笑)。以前THE YELLOW MONKEYイエモンと言う言葉自体をあまり良く思っておらず、コアなファンはそれを避けていた節がありました。今でこそ自分自身でベストの名前にイエモンと付ける辺り、それは解消されたようですが。

前妻との結婚初夜、今でもトラウマなのが、披露宴とも言えないカラオケで友達呼んで二次会をやった時の事。とある友達がTHE YELLOW MONKEYイエモンと前妻の前で呼んだんですね。

それにキレた前妻がキッチンの洗い場のシンクに包丁を何度も突き立てて穴を明けた事がありました(笑)。金属に包丁で穴を空ける。これはなかなか衝撃的でしたね。思えばこれからの生活が大変なんだろうなあとぼんやり思ったのを覚えています。鬱病だか境界型人格障害だかはわかりませんが、その後想像を絶する苦しみを何年も味わわされることになりましたが。

この話は以前別の記事でも書いたと思いますが、そんな日々が続いて碌に睡眠も取れず意識も朦朧として死人のように生きていたある日、良かれと思って吉井和哉ソロのLIVEに年末行くことがありました。前座映像としてKREVAさんの煽りがあったりしたと思います。

そこで吉井和哉さんが弾き語りで最後にTHE YELLOW MONKEYのJAMをやりました。俺としてはプレミアムな楽曲に感謝こそすれ喜んでいたのですが、前妻は違いました。

THE YELLOW MONKEYの大切な楽曲をソロでやったと外でキレたんですね。俺としても肉体的にも精神的にも限界に来ていて、怒鳴り付けました。いい加減にしろと。

そしたら外でどこかに消えてしまったんです。それが原因で別居だとか離婚だとかに話が進んだり決意したりしたんですけど、今思えばアレが無ければ今でも苦しんでいたかも知れないと思うと本当にぞっとします。

良く鬱病患者に怒るなとか言う精神科医がいますけど、じゃあお前が一生面倒見てちゃんと治せよと未だに思います。とてもじゃないけど二家族全員の人生を犠牲にして良い物では無いと思います。

そんなこんなで色々あって今の状態まで何とか建て直したのですが、THE YELLOW MONKEYの楽曲を聴いたり歌ったりするのにそう言ったトラウマがしばらく消えなくて複雑な思いで中断するなんて事も多々ありました。

それが以前にも書きましたがTHE YELLOW MONKEYが復活して、あんなにもフラットな気持ちで聴ける日が来るなんて夢にも思いませんでしたね。

そう言った様々な想いが交錯する中で、今回の再録ベスト、良いですね。多少手は加えられていたりするものの、余計な雑音は一切入っていません。それでいて現在進行形の音。吉井さんの自伝も読んで、浮気はしてませんが(笑)、色々共感することがあったりして、THE YELLOW MONKEYのみなさん自身にも思い出深いベストなんじゃないかな、と思ったりしました。

新曲もついて来たのですがこちらも琴線に触れるメロディや歌唱や演奏はさすがのものだなと思います。

フラッシュバックや記憶が飛んでいるところがあったりもしていますが、やっとここまで来て過去を乗り越えられたのかなと個人的に痛感致しました。

THE YELLOW MONKEY、散々苦しめられたけど、ありがとう。